キャバクラ初体験(客として)
東京・銀座にはいつも多くの人がいる。
仕事で訪れる人、買い物客や観光客など、さまざまである。
昼夜問わずいつでも人であふれているが、
陽が落ちるやいなや、街と人の雰囲気が変わる。
黒塗り高級そうな車から降りるおじさんと、
着物の熟女がドレスを着た若い女を従えて出迎える。
そう、夜の女たちの仕事が始まっているのだ。
続々と登場する男をもてなす。
会社帰りなのか、スーツを着た客が目立つ。
4月上旬、私は23歳にして、初めて銀座の会員制クラブへ足を踏み入れた。
「女将」というあだ名をつけられている私だが、もちろん実際に働いてなどいない。
友人の中に、いわゆる「キャバ嬢」がいるが、そこまで親しくはないため、実情は知らなかった。
上司行きつけのメイン店舗に入店しようとしたが、満席だった。
まだ8時過ぎだというのに、満席だということに驚いた。
三度の飯より大事ということなのだろうか。
ちらりと見えた店内にはシャンデリアがあり、
すでに楽しんでいるおじ様たちは「不景気という文字は辞書にない」とでも言いだしそうな様子であった。
とりあえず私たちは隣のビルにある姉妹店に案内されることになった。
案内してくれた女性と私の上司は親しげに話している。
まだ肌寒い4月の夜だったが、すでにノースリーブのドレスを着ている。
当時まだコートを着用していた私にはできない仕事だと感じた。
姉妹店はメイン店舗に比べると落ち着いた雰囲気だったが、
エレベータ降りて早々目にした大きな壺には圧倒された。
女性客は私だけだった。
話が少しそれるが、この店に来る前、中華を上司たちと堪能していた。
そこで食べたエビチリを白い服にこぼしてしまった。
拭き落としきれず、右下のほうがやや赤っぽい。
きれいな格好をする女性をみて、私ももう少し女性らしくしようと決心できた。
話を戻しましょう。
固定概念として、クラブというところには、
男性しか来ない印象があった。
そのため、女性には対して接客をしないのではないか。
態度が良くないのではないか、と覚悟をしていたのだが、
実際には他の客と全くかわらなかった。
入店してから10分ほどはすごく緊張していた。
上司も気を遣って、話の輪にいれてくれたりする中で、
徐々に楽しくなってきた。
エビチリのことはずっと頭の片隅にあったが、それでも楽しかった。
ずっと聞いてみたかったことを聞いてみた。
「もし、生理的にだめなお客さんが来たらどうするか?」
やはり、生理的に無理だと感じる方がお客として来店するが、
でもお客様として捉えているので、普通に対応出来るという。
ただ、内面がきつい人は難しくなる、と言っていた。
どういうことだろうか。
詳しく聞いてみると、以前お客としてきた男性はすごく否定的な事ばかりいう方だったため、と言っていた。
相手の意見に否定的、批判的だったそうだ。
口調もきつかったらしく、話をしていた女性を泣かせてしまったらしい。
わたしも、気を付けよう。
「羨ましいです」
私に向かって言われたことに驚いた。
何が、と聞き返すと、
「私にはもう、昼に仕事する選択肢なんてありません」
18歳の時、夜の仕事へ飛びこんだ。
それから10年。
店舗こそ変わったが、同じキャバ嬢としてしか仕事をしてこなかった。
何度か昼間の事務職の仕事に転職しようかと考えたことがあったそうだが、
これまでの経験を考えると、事務職の仕事をやる技術もなく、
そもそも雇ってくれる会社がないのではないかと、あきらめてしまったらしい。
28歳はこの業界では若くない。
結婚して、専業主婦として新たしい生活をするか、
ネイルサロンなどを経営する人もいると聞いたことがある。
収入は確かに他の職種に比べて高いかもしれないが、
それだけ競争も激しく、将来の不安もあるということだ。
かつての同僚の話をしてくれた。
よくある話として、キャバ嬢はお客さんからプレゼントを貰う。
今までで一番のプレゼントは何か聞いてみた。
彼女が貰ったものではなかったが、マンション一部屋をプレゼントされた元同僚がいたそうだが、
プレゼントの引き換えが「お尻一発」だったそうだ。
私が印象深かった言葉がある。
話の最後で、このマンションについてどう思うか聞いた時の回答なのだが、
「自分に子供が出来た時、マンションじゃなくても、今食べているものが汚いお金で買ったものだと思ってしまいそう。」
わたしは、キャバクラで働いて得たお金を汚いとは思わないが、
そう思わずにはいられない何かがあるのかもしれない。
楽しい仕事ではある。そして楽な仕事ではない。
もう少しこの仕事を選ぶ前に考えればよかった、と言っていた。
昼間の仕事をする人ももちろんたくさんいるが、彼女には恐怖でしかない。
銀座は、みんな儲かっていて、
楽しい街で、
眠らなくて、
それでも動き続けられる街だと思っていた。
でも、動き続ける過程には、色々な犠牲や失うものがあった。
タダで甘い蜜吸えないんだとわかって、
明日からちゃんと仕事しようと少し思っている。